2015年3月6日金曜日

ある日

ある日
買い物をしていたら

背中を丸めた おばあちゃんが
寄ってきて

『布用 ボンドは どこにありますか?』と。

布用ボンド

近くを探してみたけど
どこにあるのか
わからなくて

『おばあちゃん
ちょっと待っててね』と 伝え

店員さんに、聞いてみると
布用ボンドが売っている場所に
案内してくれました。


私は それを持って
もう一度 おばあちゃんのところへ戻り
『おばあちゃん、ありましたよ』
と、ボンドを渡して
売っていた場所を伝えました。

すると
おばあちゃんが

『ありがとう(^_^)
助かりました。
私はね この布用ボンドで
コレを作っているの。
お礼に ひとつ
あなたに あげますよ』
と。


私は
遠慮せず
『おばあちゃん
ありがとう(^_^)
大切に するね』と
受け取りました。


おばあちゃんが布用ボンドを使って
作っているのは
帽子のブローチでした。

嬉しくて
後日
Kさんに 話すと

Kさんは 一言

『その おばあちゃんが
生きてきた 背景が見える』

と、言いました。

私は その言葉に
はっ!っと 気付かされました。


それは

簡単に言えば

『おばあちゃんが探していた
布用ボンドを見付けてあげたら
お礼に ブローチを もらった』

と、自分自身が
相手に
『してあげた』
という気持ちになって
それを 
『嬉しい』と
勘違いしていたのです。


『おばあちゃんが
生きてきた
背景が見える』


Kさんの一言で
自分自身の勘違いに
気付きました。

この話の主役は 私ではない
おばあちゃんだ。

今まで、いろんな人と出逢って
いつも 感謝しながら
おばあちゃんは
生きてきたんだな。


はっ!っとした顔をしている私に

『今日
おばあちゃんに出逢ったのは
偶然じゃないかもしれない。
だからこそ
今のchaoさんにとって
深い 意味があるよね』

と。

うん。